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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)9533号 判決

富士海上火災保険会社

事実

原告は請求の原因として、原告は、訴外加納正雄が被告富士海上火災保険株式会社の代理人として原告に対し、被告会社東京支店京橋支部長名義を以つて振り出した金額四十二万四千円の約束手形一通の所持人であるが、右手形を支払期日に支払場所に呈示してその支払を求めたが拒絶された。ところで訴外加納正雄は右手形振出当時、被告会社東京支店京橋支部長として、営業に関し支店長、支店支配人と同一若しくは類似の職務権限を有し、又訴外富士銀行八重洲橋支店と右支部長名義で普通預金並びに当座預金契約を継続し、約束手形、小切手を振り出していたのであるから、右支部長たる訴外加納正雄は、被告会社を代理して本件約束手形を振り出す権限を有していたものである。仮にしからずとしても、右の事実からして、訴外加納正雄は、商法上支店の営業の主任者たる名称を有していたものと認むべきであるから、支店の支配人と同一の権限を有し、営業に関する一切の代理権を有していたものである。更に、しからずとしても、支部と支店とはその名称類似し、支部長は支店長又は支店支配人と同一又は類似の職務権限を有するものと思惟されるのを通常とする事情を考えると、原告は、被告会社東京支店京橋支部長たる加納正雄に被告会社を代理して本件手形を振り出す権限ありと信ずる正当の事由があつたものであるから、被告会社は何れにしても本件手形支払の義務を免れることはできない。よつて原告は被告会社に対し右手形金及び完済までの遅延損害金の支払を求めると述べた。

被告富士海上火災保険株式会社は、原告主張の事実中昭和二十八年十一月五日当時、訴外加納正雄が被告会社東京支店京橋支部長であつたことは認めるが、その余の事実は否認すると述べた。

理由

証拠を綜合すると、被告富士海上火災保険株式会社の支部というものは、全国十数個所にある支店の下部組織として、その数は数百に達し、それは事務の煩瑣を避けるための、外務員と支店との単なる仲介機関にすぎず、支部自体としては外部に対して何らの権能を有するものではなく、従つてその長たる支部長の権限としても、外務員の募集した新規契約(契約締結権は支店長にある。)及び保険料を事務の整理上集計して支店に取り次ぐこと及び支部に属する外務員を指導監督することという会社内部における事務分配上の権限を有するに過ぎず、又支部としての金銭出納というものは一切なく、事務用品に至るまで、支部の請求により支店において一括購入の上支部へ配布していたことが認められる。従つて支部長に手形振出の代理権のないことは明らかである。

又、右認定のような支部の性質から見て、それは支店とは全く異なるものであり、従つて支部長なる名称が、商法第四十二条に所謂「本店又ハ支店ノ営業ノ主任者タルコトヲ示スベキ名称」に該当しないことは勿論である。又原告本人尋問の結果によれば、原告は単に加納の「支部長」という肩書を信用したに過ぎないのであるから、加納に手形振出の代理権ありと信ずべき正当の理由を有したものとも認められない。

よつて加納に手形振出の代理権を認められない以上、これを前提とする原告の請求は全部理由がないとしてこれを棄却した。

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